ナポリタン

いつも髪を切りに行く床屋の帰り道に

気になる喫茶店があった

なぜだかいつも入りづらい空気を感じ

何年も素通りしていたけれど

先日意を決して入ることができた

入るとおじいさんが出迎えてくれる

気の利いたものは何もないよとおっしゃる

かまいませんと僕

メニューには

カレーライス、ピラフ、ナポリタンとある

しばらく悩んでカレーをお願いしますと伝えるも

カレーはないよ、お米がないんだとおっしゃる

おじいさんは何も言わずに立っている

じゃあナポリタンでという僕の口を

ずっと見つめている

僕がナポリタンと口にした瞬間

奥にいた女性が立ち上がる

なぜか犬の口を手で掴んでずっとそこにいた

その女性はお客さんだと思っていた

その女性が犬の口から手を離した途端

犬は大声で鳴き始めた

ワンワン吠え続ける犬の声と

鍋の炒めものの音が充満する

ふと横を見るとおじいさんが

5人前くらいのパスタをゆっくりゆっくり食べていた

ほかにお客さんもいないので

なんだかソワソワドキドキしてきた

残すんじゃないよと女性が厨房から

おじいさんに声をかける

パスタには何のソースもかかっていない

女性がナポリタンを持って厨房から出てきた

何の言葉もなかった

ドキドキしながらナポリタンを食べた

見事なまでに美味しかった

女性が犬の口をまたおさえる

犬の鳴き声も消え

テレビでワイドショーが映っていることを知った

お会計をして店を出た

振り返ることができず

これは幻と言い聞かせて

帰り道を急いだ

なんか寒いなと思ったら

そうだ髪切ったんだっけ