月へ行ったはず

「このロケットに乗りたいのですが」

「もちろんいいですよ。定員も割れているので」

「これはどこへ行くのですか?」

「あなたには聞こえませんか?月まで向かう、この発射音が」

 

それはなんだか胸騒ぎがする危険な音楽だった。

と同時にとても魅力的で、この先何が待っているか知りたいと思わせる音楽だった。

 

「乗せてください」

「いいですとも」

「次の便は何時に出発しますか?」

「この発射音が鳴り止んだ時です」

「いつ鳴り止むのですか?」

「それは私にも分かりません」

「そんな!それまで待ち続けるのですか?」

「そうです、それが私の仕事です」

「分かりました。待ちましょう」

「かしこまりました」

「このロケットにはまだ誰も乗っていませんね」

「誰も乗ってきた人はいません」

「待ってください、そもそもこのロケットは発射したことがあるのですか?」

「一度もありません。この発射音が鳴り止んだことはないので」

 

僕は頭がクラクラして、ついにその場で気を失ってしまった。

 

そこから何時間、いや何日経過しただろうか。

僕は目を覚ました。

 

「ここはどこですか?僕はどれくらいの間眠っていたのですか?」

「あのあと発射音が鳴り止み、月を一周して先程地球に戻ってきたところです」

「そんな!僕は月を目の当たりにできなかったのか。しかし気を失う前と何も状況が変わってないじゃないか。嘘をつくな!」

「いえ、あなたは確かに月を訪れた貴重かつ幸福な人間の一人です」

 

僕はロケットから降ろされ、家に帰った。

帰宅した僕を見た母が慌てた様子で言った。

 

「あなた、なんて顔してるの!まるで月を散歩してきかのような目の輝きをして!」

 

鏡で自分の姿を見たけれど

僕は何も変わっていないと思うんだ。

 

明日、

学校でみんなから何て言われるだろう。

 

僕はニヤニヤ、ワクワクしながら

眠りについた。

 

そしてロケットの中で

発射音を聞き続ける夢を見た。

 

それは胸騒ぎしかしない音楽だった。